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札幌高等裁判所 昭和25年(う)438号 判決 1950年11月09日

控訴人 被告人 若狭堅吉

弁護人 舛谷富勝

検察官 小松不二雄関与

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役壱年六月に処する。

理由

弁護人舛谷富勝の控訴趣意は別紙記載のとおりである。

第一点について、

原判決は原判示二、三、四、六において、各窃盗の事実以外にいづれも被告人が住居に侵入した事実を認定しこれに対し各刑法第百三十条を適用したことは所論指摘のとおりである。被告人に対する本件各起訴状を見ると右二、三に対応する各公訴事実中には、被告人がそれぞれ荒内竹蔵方及び佐藤ウメノ方に侵入した旨の記載があるが、罪名は単に窃盗と記載され、罰条として刑法第二百三十五条のみを示しているに過ぎないし、又右四、六に対応する各公訴事実にはいづれも被告人が住居に侵入したことの記載は勿論これが罪名、罰条をも示していない。しかも原審公判調書に徴するも住居侵入の訴因について、裁判官の釈明もなく検察官において前者につき、住居侵入の罰条の追加、後者につき、住居侵入の訴因及び罰条の追加をなした事跡は毫も存在しない。されば住居侵入の点は訴因として起訴されなかつたものと見るのが相当である。しかるに原審が前示のように各住居侵入について判示したのは、審判の請求を受けない事件について判決をなした違法があるから原判決はこの点において破棄を免れない。論旨は理由がある。

第二点について

原判決認定の五の事実中、被告人の窃取した物件の数量については、原判決挙示の証拠によるもこれを認めることができないから、原判決には理由にくいちがいがあるものといわなくてはならない。従つて、原判決はこの点においても破棄を免れない。論旨は理由がある。

よつて刑事訴訟法第三百九十七条により、原判決を破棄し、同法第四百条但書に則り更に判決する。

(罪となるべき事実)

被告人は

一、昭和二十二年四月末頃の夜小樽市字祝津町所在横井一の鰊乾燥場から同人所有の半乾燥身欠鰊三十貫を

二、同年七月末頃の昼頃同市字北祝津町荒内竹蔵方において同人所有の現金一万円を

三、同二十三年二月中頃の午後九時頃同市字稲穗町佐藤ウメノ方において同人所有黒大理石置時計一個を

四、同年六月六日頃の午後九時頃竹内松太郎外一名と共謀の上、同市字南祝津町田中慎太郎方において、同人所有の煮干こなとご十四貫入かます一俵を

五、同二十四年一月二日頃から同年六月中頃までの間に同市字花園町べにや商事株式会社において、同会社所有の、ばんど、かつぼう着、はんかちーふ、風呂敷、ぼすとんばつく、小間物用品等合計約四百六十七点を

六、同年六月十五日頃同市字祝津町荒内竹蔵方において、同人所有の銘仙縞模様袷三枚外衣類二点を

それぞれ窃取したもので右一、二は犯意継続にかかるものである。

(証拠の標目)<省略>

(法令の適用)

被告人の判示各所為は刑法第二百三十五条(判示四につき、刑法第六十条)に該当するところ判示一、二は犯意継続にかかるから、昭和二十二年法律第百二十四号附則第四項同法による改正前の刑法第五十五条により一罪となし、これと判示三、四、五、六とは刑法第四十五条前段の併合罪であるから、同法第四十七条本文第十条に従い犯情の最も重い判示五の罪につき定めた刑に併合加重をなした刑期範囲内で被告人を懲役一年六月に処する。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判長判事 黒田俊一 判事 猪股薫 判事 鈴木進)

弁護人舛谷富勝控訴趣意

第一点原判決は審判の請求を受けない事件について判決をなした違法がある。即ち原判決はその法令の適用に於て刑法第二百三十五条第百三十条第五十四条第一項後段第十条第四十五条第四十七条を適用したるが昭和二十四年七月十三日附起訴状並に同年八月十二日附追起訴状記載の罪名罰条は窃盗刑法第二百三十五条とのみ記載ありて原判決が認定したる刑法第百三十条の住居侵入罪に就ては検察官に於て起訴せざりしに拘らず原審は被告人に対し窃盗罪の外住居侵入罪を認定して此の二罪を牽連犯とし被告人を懲役一年六月に処したり。惟うに是れ住居侵入と窃盗とは科刑上の一罪なるを以て結果たる犯罪に付起訴ある時は原因を為せる犯罪につき起訴なきも尚一罪として処断し得るものとの考慮に出でたるものと思料せらるゝも刑事訴訟法の大原則たる不告不理の原則に反する違法のものなりと信ず。

検察官は右起訴状に於て「……方に侵入し……」なる辞句を用いたるも罪名罰条に於て住居侵入並に刑法第百三十条の記載なきを見れば住居侵入の点は起訴せざりしものと認むるを相当とする。刑事訴訟法第二百五十六条第四項は起訴状には「罪名は適用すべき罰条を示して記載しなければならない」旨を規定せるを以て住居侵入罪の記載なき以上之が起訴なきものと謂うべきである。

一歩を譲り検察官に於て起訴状に罪名罰条の記載を遺脱したものとせば原審は公判に於て之が追加を求むる等法定の手続を履践せざるべからず。然るに原審は斯る手続を為すことなく恣に起訴なき罪名罰条を判決に於て追加認定せるは刑事訴訟法第三百七十八条第三号後段に該当する違法の裁判なるを以て破毀せらるべきものなりと信ずる。

第二点原判決は判決の理由にくいちがいがあるか又は事実の誤認を為した違法あり。

原判決は判決理由中(い)罪となるべき事実の五に於て被告人が昭和二十四年一月二日頃より同年六月中頃迄の間に亘り同市花園町二丁目十二番地センイ製造薬品、小間物用品等販売業ベニヤ商事株式会社に於て同会社所有のバンド類約百三十九本外カツポウ着、ハンカチーフ、風呂敷、ボストンバツクその他衣料品類、小間物用品等合計約四百九十点(時価合計約十三万二千余円相当)を窃取せる旨を判示し而して(ろ)証拠の標目に於て右犯罪事実に対応する証拠として一ベニヤ商事株式会社代表者田中富三郎の当法廷に於ける証言(同人作成盗難始末書中の品名、数量、被害金額等の記載は同証言の内容として採用)一被告人の当法廷に於ける供述を掲げたり。

然るに原審第二回公判調書の記載によれば検察官申請の証人として出廷の右株式会社ベニヤ商事代表取締役田中富三郎は検察官の問に対し答「実は始め私共の方では盗難被害の事実に気付かず七月六日頃警察より知らされ在庫品と帳簿を照合して見たところ此処に記載されているもの丈けが失くなつていたものです。然し私共としてはそれ丈けの品物が確に本件取調中の若狭堅吉君から盗まれたものとは断言出来ないのです。それは若狭君以外の人が盗んだのであるか又は万引されたものか或は他の方法でなくなつているのかその点が不明であるからです」との記載並に弁護人の問に対し答「先程申上げた通りでありまして実際帳簿上より計算すると私が提出している盗難始末書記載の通りの品名、数量が現に失くなつているのであります。然し之は若狭君が全部盗んだものとは思われないので外の方法によつても又相当数紛失している事と思うのであります」との記載があり、被告人は盗難始末書の記載の数量品名等に付て差異ある旨を主張して争い且被告人並弁護人の同意せざる盗難始末書を田中証人の証言内容として採用したるのみならず、同証人が該始末書記載内容は在庫品と帳簿との照合の結果ない物を挙示したるのみにして此の全部を被告人が窃取したるものと思われないので、外の方法でも亦相当数紛失していることと思う旨陳述しているのに拘らず、全部を被告人が窃取せる旨判断せるは理由にくいちがいがあるか、又は適確な証拠に因らずして事実を認定せる事実誤認の違法あるものと謂うべきである。而して此の事実の誤認は被告人の犯情に大いに影響あるものなるを以て判決に影響を及ぼすことは明かである。

仍て刑事訴訟法第三百七十八条第四号に違反するか又は同法第三百八十二条に違反する判断なるを以て破毀せらるべきものなりと信ずる。

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